ニューヨークでオリジナルプリントのTシャツを売る[2006年夏]

Tシャツの路上販売の陳列の写真 ワーク

2006年の春から夏にかけて、ニューヨーク(New York)のソーホー(Soho)の歩道で、オリジナルのシルクスクリーンプリントを施したTシャツの路上販売をしたことがありました。地図で調べてみると、路上販売の主な場所はウォースター ストリート(Wooster Street)とウェスト ブロードウェイ(West Broadway)に挟まれたブロックのプリンス ストリート(Pince Street)に面した歩道だったようです。

2006年の8月には、私のアメリカ ニューヨークでの滞在が4年になるところでした。外国の暮らしに慣れた一方で、英語力の伸びが鈍化してきたり、そもそもの滞在の目的が曖昧になってしまい焦りを感じていた時期でした。

平日は仕事があったので週末などの休みの日にこの活動をしていました。活動の内容は、Tシャツ自体(ボディ)やシルクスクリーンプリントの道具を揃えたり、Tシャツにシルクスクリーンプリントを施したり、そして出来上がったTシャツをソーホーの歩道で販売したりといったことでした。

オリジナルブランド「Viridian」の和風デザインTシャツの表裏の写真
日系雑貨店で取り扱ってもらうために初めて制作したTシャツ | 2004 秋
オリジナルブランド「Viridian」の和風デザインTシャツの柄を中心に撮影した写真
日本刀の鍔(つば)がデザインモチーフ Tシャツのボディはアメリカンアパレル製 | 2004 秋

仕事の元同僚であり友人である“N”に誘われてこのTシャツの活動を始めました。もともとは2004年の秋に日系の雑貨店に取り扱ってもらうためのTシャツの制作から始まって、その後に加わったのが、スカーフやバッグの制作。2006年になると店舗に置いてもらうだけではなく自分たち自身での販売を考え始めて、その答えがTシャツの路上販売でした。

Nは家業の着物の販売もニューヨークで手掛けようとしていて、そういったアパレルを中心に事業展開していこうという、振り返ってみると簡単ではないプランを描いていました。Nはおそらく私が美術大学出身であり、それなりに真面目な性格であったことから、このような活動に誘ったのだと思います。Nも美術大学出身でした。

この活動は基本的に何の知識もなく始めたのですが、Nは、例えばTシャツを仕入れるための卸会社や、シルクスクリーンの制作会社を調べてくれました。シルクスクリーンのプリント作業をおこなったのは、ブロードウェイ(Broadway)と西151ストリート(West 151st Street)の交差点にあった私の賃貸の部屋。私たちのTシャツは手摺りのプリントを施したもので、制作にはそれなりに手間がかかっていました。使い終わったシルクスクリーンはバスタブでシャワーを使って洗浄していたのですが、普段から下の部屋に水漏れすることがあったので、とても神経を使ったのを覚えています。

シルクスクリーンは目が詰まりやすく、水溶性インクにリターダー(Retarder)と呼ばれる乾燥抑制剤を混ぜることが必要だったり、プリント後はアイロンで熱を加えて定着を促進させる必要があったりと、ノウハウを調べ、蓄積していくのに労力と時間がかかりました。

テーブルの上に平置きで陳列されたTシャツの写真
シルクスクリーンプリントのTシャツ | 2006.7.9

売ることにおいてもコツが必要で、路上販売であっても陳列が重要なことに気づきました。最初はハンガーラックにTシャツを掛けていただけでしたが、回数を重ねながらテーブルやメッシュパネルを用意するようになりました。売れ行きに小さくない違いがありました。ハンガーラック、テーブル、メッシュパネルを運ぶのは大変だったはずだと思います。

ソーホーの歩道で販売するには許可がいるようだったのですが、私たちは持っていませんでした。ソーホーには小売店が多くあって、それらの店舗の入り口付近で販売を始めると通報されかねなかったので、とても気をつけて販売場所を選びました。通報されないかとびくびくした気持ちは常にありました。私たち以外にもTシャツやアート関連のアイテムを販売している人も多く、ライバルでありつつ一方では勇気づけられる仲間のような感覚を持っていました。

Nと私のタッグに途中から“C”が加わりました。Cはニューヨークの名の知れた美術学校に通う学生であり、また世界的に名の知れたアパレルブランドのニューヨーク店で働いてもいました。

販売の結果ですが、当初の想像よりは多くのTシャツを販売できたのではないかと思っていました。Nと私は全く相手にされない場合もあり得ると考えていたのです。ただ、ビジネス的な成功であるとか、発展性を持っていたかというと、それは難しかったと思います。セレクトショップのオーナーが気に入ってくれて、店舗販売用に買ってもらったこともありましたが、そういった次へのステップがもっと必要でした。

Tシャツの販売は夏に盛り上がる一方で通年では難しく、また屋外での販売は天候や気温の影響を受けやすく売上が安定しないという課題がありました。また、NとCと私にはニューヨークに滞在するそれぞれの目的があったりと、Tシャツ販売の活動を継続していく意欲を維持していくのが難しい状況がありました。そのため、このTシャツの販売は2006年の夏だけの活動となりました。

3人の中でNが一番最初に日本に帰国し、私も2011年の東日本大震災を契機に帰国しました。Cとは本当にたまに連絡を取ったこともあり、おそらく現在は日本にいるのではと思います。Nと私は住んでいる場所は近くはないものの、今でも私の出張の時などに会うことがあります。

Tシャツの路上販売の写真

ニューヨーク ソーホーでの路上販売の店の並びの写真
路上販売をするアーティストやデザイナーが連なっていた | 2006.7.9
テーブルの上のTシャツの陳列の写真
テーブルの上に陳列されたTシャツ | 2006.7.9
ハンガーラックに掛けられたTシャツの写真
ハンガーラックに掛けられたTシャツ | 2006.7.9
ニューヨーク ソーホーでのTシャツの路上販売の写真
ハンガーラック、テーブル、メッシュパネルを使ってTシャツを陳列 | 2006.8.11